スペシャルボイスドラマ Zwei Wirklichkeit
『Dies irae ~Acta est Fabula~』のサウンドトラック「Neuen Welt Symphonie」に収録されたスペシャルボイスドラマ。Webラジオ「happy light cafe」でのユーザーの投票結果を受けて、本編玲愛ルートのその後が、正田崇の完全新規書き下ろしによるCD1枚分のボリュームで描かれている。
(以下、ボイスドラマ「Zwei Wirklichkeit」および『Dies irae ~Acta est Fabula~』本編の致命的なネタバレを含みます。閲覧注意)
玲愛ルートのエンディング後、マリィのみんなを抱きしめたいという渇望に満たされた世界。永劫回帰の牢獄から解放され、一度しかない刹那の人生を全うする世界。ラインハルトと邂逅したことで二つの現実(Zwei Wirklichkeit)を踏破するための「幻想の残滓」を宿したロートス・ライヒハートは、ベルリンの酒場で黎明(Die Morgendammerung)の仲間達と出会う。この酒場でのシーンには一枚絵が用意されているんだが、新世界においては黎明メンバーのそれぞれが抱えていたぬぐい去れない深い宿業から解放されており、皆がまるで別人のように晴れやかで笑顔でいるのがとても眩しくて切なくて、胸が苦しくなる。
エレオノーレは、本編のように血と硝煙に生きる鋼鉄の女ではなくなった分、その不器用な生真面目さと実直さが目立つ。リザとの切れる事のない腐れ縁を疎ましく想いながらも、だがその縁はずっと続くだろうよと自然に口に出すところが彼女らの絆を示しているようで美しい(本編玲愛ルートでの展開を知っているから余計にそう思う)。ベアトリスは完全無欠のアホの子で、Verfaulen segenとのギャップが酷すぎる。まあ黎明の時もこんな感じの脳天気わんこだったし、ニートと関わりを持たなきゃ元からこんなもんだったのかもしれない。リザは普通に考えれば婚約者と幸せに過ごしていたのだろうが、ラインハルトについてベア子とアンナが語っていた時にちょっと反応していたので、エイプリルフールのネタの通りにラインハルトと関係を持った(持つ)ことになるのか?と妄想してしまった。ヴァレリアン・トリファ神父は精神感応の異能はそのまま残っているはずだが、そこには狂気の色が皆無であまりに落ち着きがありすぎる。普通すぎて違和感を感じるというのはなかなかの未知ですよはい。
もっとも変貌を遂げたのはアンナ(ルサルカ)。最初のアンナ・マリーア・シュヴェーゲリンは、ニートの存在が抹消されたことで泥濘の中より生まれ出ることなく、今の世に伝えられるように1775年(一説には1781年)に“最後の魔女”として処刑。輪廻が廻った次の周回をベルリンの酒場のウェイトレスとして過ごしているのだが、ベアトリスとアホの子コンビを結成して騒ぎ立てたり、仕事をサボって一緒に乾杯したり、ちょっと気になるロートスをナチュラルにストーキングしたりとやりたい放題。ストーカー行為があっさりロートスに見破られてるへっぽこな所とかはあざといな。汚いなさすが正田きたない。
エレオノーレらの会話の中で、シュライバーとヴィルヘルムが黎明の戦いを“誰かに邪魔されることなく”続けており、その彼らをラインハルト・ハイドリヒ中将がどこか父性を感じさせるような眼差しで“本懐を遂げさせてやろうとしているかのように”見守っていたという下りは、僅かな描写であるにも関わらず心が掴まれる。黎明の時はそこから因果が変わってしまったのだと知っているからなおのこと。
メルクリウスの介入により運命がねじ曲げられた…すなわちカール・クラフト死ねという理から解放されるためには、そもそもメルクリウスが存在しない世界を作り上げねば根本的な解決にならず、故に一度すべてをリセットしてご破算にしないとハッピーエンドに出来ないってのはちょっとどうなのよと思う。リセットエンドって好きじゃないし。ないのだが、本編での血反吐を吐き血涙を流すような展開の先に結実したのがこの満面の笑顔なんだったら、仕方ないから許してしまおうかなという気になってしまう。
まあ良いことばかりではなく、因果が改変されなかったということは、ご都合主義的な奇跡が舞い降りることもない訳で。殺人の罪でヴィルヘルムとシュライバーが処刑され、彼らを断じたラインハルトは暗殺され、ダス・ライヒ師団は壊滅し、無敵の戦車兵もついに力尽きる。悲しくはあるけれどその結末を受け入れるところまで含めてこそが“永劫になれない刹那の生を全うする”ということなのかなあと。
そして時は流れて現代。そんな感傷も老境に達したババトリス60年後のベアトリスがぶっ飛びすぎてて台無しだ(笑)。でも考えてみりゃベアトリスって黎明の頃はこんなお調子者キャラだったし、酒場のシーンでもあんなんだったし、本質は変わってないのかね。三つ子の魂なんとやらというか。いまだ存命のベアトリスとアンナ(ルサルカ)がかつてリザと交わした約束を守るために諏訪原市に引っ越して来たとか、ヘルパーとして派遣された櫻井戒とベアトリスが再び巡り会えたとか、今生の藤井連が育った孤児院にスタッフとして霧崎鏡花が勤めているとか、際限なくボケ倒すババトリスに逐一ツッコミを入れ続ける蓮が微笑ましくて可愛いとか、細かいところでいくつもネタを散りばめているのがニクい。
そんな遣り取りのあと、編入試験を受けようと月乃澤学園への道程を急ぐ蓮。繰り返すことのない刹那の風景の中、どこかで出逢った金髪の少女に見守られながら、ついに玲愛と再会を果たす。いつか薄桃色の花嵐の中で、いつかの自分ではない自分たちが誓いあった「熊本に旅行に行こう」という約束を叶えるために。――Fin.
…
……
…………
ええええええええええええええええ!!! これで終わり!?
上のテキスト全部台無しにしてしまうけれど、なんで黒円卓の黎明メンバーが出ずっぱりで玲愛の出番は最後にちょこっとだけなんだよ。まああくまで「玲愛“ルート”のアフター」と書いてあるし、玲愛ルートは別名・黒円卓ルートなんて呼ばれるようなルートだから、その彼らの生き様を描くのは間違ってはいないかもしれませんよ。ええ。カール・クラフトの身勝手な介入により人生を狂わされた者たちがどのように“生に真摯に”生きたのかを知ることが出来たのは僥倖だ。それはそれでなにより見たかった光景であることは間違いない。それはいい。
このショートストーリー自体も一篇の物語としてはとても良く出来ていて、まあハッピーエンドといってよい。 容易に情景が思い浮かぶとても綺麗な終わり方で、意外性はないけどとても素敵。その完成度については何も文句はない。それはいい。
それはいいんだけれど、俺が“玲愛ルートの後日談”という惹句に期待したのは、この女神の抱擁に包まれた世界でやっと再会した玲愛と蓮(ロートス)、それに司狼や香純ら「蓮が守りたかった日溜まり」が新世界に生まれ変わった光景な訳ですよ。「く……くまもとっ!」とか叫んでしまう玲愛先輩は超可愛いけれど、その先の遣り取りをこそ見たかったんだよ。もっとハッキリ言ってしまえば、それこそアソビットの特典テレカのようにウェディングドレス姿の玲愛先輩とラブラブいちゃいちゃみたいなガツンと来るご褒美が欲しかった訳ですよ、ええ。
というかこのアフターストーリー、本来はこんなドラマCDではなく本編エピローグにきっちり組み込んでおくべき内容だったと思うんだがその辺どうなんだよコラ。ファーブラ制作中は本編を無事に完成させることが最優先事項で、そこまでリソースが回らなかったという推測は出来るんだ。実際、黄金と水銀の最終決戦や玲愛ルートEDの一枚絵なんかの後半クライマックスのCGは、軒並み白本の製本時期に間に合わないくらいにぎりぎりのタイミングで上がっていたみたいだし。こういう文句もファーブラが完成した今だからこそ言えることであって、それまでは「本当に出るのかどうか」というレベルで心配していたんだ…ということを忘れた訳ではない。
でも、ショートストーリー1の「座」での黄金&水銀との語らいから、玲愛トゥルーの閃光と刹那の斬首官の邂逅シーンに繋げて、最後の最後に蓮と玲愛がすれ違うところでエンド……みたいな展開(黎明組の一期一会の場面はとても好きなシーンだが、カットしても話としては美しいまま繋がるだろう)とすることで、玲愛ルート後半の「ヒロインを攻略するゲーム」としての消化不良感は和らげられるし、クリアした後にプレイヤーが抱く感情もえらく変わっていたと思うんだけどなあ。
これがただの後日談扱いならまだ良かったんだが、「玲愛ルートのアフターストーリー」と銘打たれているからには、ふつうは蓮と玲愛の甘やかな遣り取りを期待しちゃいますよ。そもそもWebラジオで人気投票があった時に何故玲愛ルートに票を投じたかと言えば、エンディングまででキレイに物語が閉じているマリィルートよりも、あの結末で宿業から解き放たれ、やっと未知の物語が始まるのだという玲愛ルートの方が面白そうだったからで。だからこそ今回のドラマパートが「玲愛ルートアフター」と決定した後のカップル人気投票では「玲愛はサントラのドラマパートで補完されることが確定しているから、どうせなら他のキャラに投票しよう」と考えた訳だよ。そんなユーザーは自分以外にも少なくなかったと思うんだけれど(そうでなければ、キャラへの贔屓目を抜きにしても、カップル人気投票でもうちょっと玲愛絡みの票が増えていても良かったはずだ)そうやって期待を掛けた結果がこの仕打ちってのは……
……つーか、実はぶっちゃけ正田って玲愛のことあんまり好きじゃないんじゃね?と感じることもままあるんだよな。カップル人気投票でのコメントも微妙にやる気がなさげな感じだしさあ。
07年版の体験版とドラマCDにガツンと心を奪われてしまい、怒りの日の直撃を食らっても死にきれずに待ち焦がれ、やっと発売されたクンフトでは「それでも完全版なら…完全版ならなんとかして(略)」と呪文のように呟き、ファーブラでの微妙な扱いを経てようやく念願の玲愛先輩の幸せな姿が拝めるかと思ったらこれだったので、どうにも心にモヤモヤと割り切れない想いが残る。ドラマCDとしての完成度は高いだけに、どこに怒りの行き場を持っていけばいいのか分からないのがどうにも辛い。
正田崇には現時点では次の天狗道な新作に全力投球してもらうとしても、それが終わったらディエスのファンディスクをガッツリと作って欲しい。それこそカップル人気投票のTOP20くらいを全部ショートシナリオ化するくらいの勢いで。ディエスはこれで終わりにしてしまうにはあまりに勿体ない、強度と求心力を持ったコンテンツに成長したと思うんだ。
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