『Dies irae ~Acta est Fabula~』 ネタバレ無し感想

『Dies irae ~Acta est Fabula~』

(以下、『Dies irae ~Acta est Fabula~』のネタバレ無しの長文感想となります。閲覧注意)

今から遡ること6年前の2004年1月に『PARADISE LOST』(以下パラロス)というエロゲがlightブランドから発売されました。「地獄の名を冠せられた魔都で、超常的な強さの異能者たちが天使の力を振るって闘争を繰り広げる」という内容の伝奇バトルADVです。それまでのlightブランドのリリース傾向とは離れた方向性の作品で、シナリオはこれがデビューとなる正田崇が担当しました。(余談ですが、本作ではGユウスケがグラフィッカーとして、まゆきがProject Helper(制作補佐?)として参加しています)
ふつう、ネタ元を聖書(黙示録)やカバラなどの神秘主義思想あたりから引っ張っておいて、メインキャラの名前が「ノウ・クライスト」(キリスト)「ジューダス・ストライフ」(イスカリオテのユダ)「アスト」(ソロモン72柱のアスタロス/アスタロト)「サタナロス」(サタン)だったりすると、その設定の痛々しさがが先に立ってしまいがちです。その手の終末ものは前世紀末あたりまでが有効期限で、今となっては時代はずれなものとも言えます。ところがパラロスの場合は、その痛々しいはずの設定がプレイしていくうちに次第に反転して、厨二病的なカッコ良さとして見えてくるのです。
荒削りなテキストに全体バランスの悪いプロット、サービス精神に欠けるアダルト要素(メインヒロインであるアストに純愛エロが無いというのは致命的でした)、少々“華”に欠ける原画など、問題点も散見される……というか、どちらかというと粗の多い、プロダクトとしての完成度はあまり高くない作品ではありました。それでも、「七鍵守護神」や「爆霊地獄」という単語に「カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク 灰燼と化せ!」「ザーザード・ザーザード・スクローノー・ローノスーク」だのと即座に呟いてしまうような心に厨二病を持つ少年のツボを的確に突いてくる内容には、他のタイトルにはない独自の魅力があったのもまた事実です。
同月に近似のジャンルで『Fate/stay night』というビッグタイトルが発売されたということもあり残念ながら大きなヒットにはなりませんでしたが、その独特の厨二病センスは筆者を含めた根強いファンの獲得に成功しました。固定ファンが多いジャンルのわりに、優れた“燃えゲー”を書けるライターはなかなかいませんので(ある種の適正が必要なジャンルだということもあるでしょう)正田崇のその後の動向には注目が集まることとなります。

しかし残念ながら、それ以降は長い“待ち”の時期が続くことになります。まず、同2004年に発売された『Dear My Friend』(以下DMF)において正田崇はディレクター職を務め、更にサブライターとして小麦・冴香ルートのシナリオを担当しました。パラロスとは正反対の「キャラ萌え」「泣き」の要素が強いタイトルですが、単独シナリオとしての評価は存外悪くはありませんでした。ただ、正田が担当した2キャラのシナリオと、共通ルートおよび(話の主軸となる)他の個別シナリオとの作風の乖離についてはよく指摘されるところです。(ちなみに、原画のくすくすとメインシナリオのNYAONは、DMFの発売後に揃ってぱれっとに移籍しています。もっとも、ぱれっとの前身はRateblackブランドのスタッフでしたので、まったくの無関係というわけでもありませんが)
その2004年の冬コミで『Project+G(仮)』という仮タイトルで正田崇シナリオのゲームの制作告知がされます。この時点では原画にはMinkの原画家であるHide18の名前がありました。しかしその後は、今はもう閲覧できない2005年4月のlightスタッフ日誌で「学園伝奇バトルオペラ」の企画について言及され、ベイと思しきキャラのラフCGが公開されたのみでした。
次に正田崇の名前が出るのは2006年1月に発売された『Imitation Lover』(以下イミラバ)であり、そこではシナリオライティングには関わらずディレクター業のみの担当だったようです。ただ、イミラバ発売時のイベントでは正田自身が「パラダイスロスト系の新作を制作している」と語っており、パラロスユーザーを中心にふたたび期待が持たれることとなります。

時は少々流れて2006年5月。「2006年中発売予定」の新作として『Dies irae -Also Sprach Zarathustra-』のタイトルが登場します。シナリオに正田崇、音楽に与猶啓至というパラダイスロストのコンビ。原画家にはこれが初原画となるGユウスケを起用。専用Webページもオープンし、その年の夏コミでは広報ムービー第1弾も公開されました。ですが、その後の情報が続かないままに、いつのまにか発売日が06年発売予定から「2007年春予定」へと変更されます。その頃のメーカー主催のイベントでは正田崇が景気が良いことをブチ上げていたこともあり、ユーザーとしては「大きい企画だったから制作が遅れているのだろうか」くらいに考えていました。この時点では。
そんな多少の肩透かし感を抱えたまま年は明けて2007年の1月。まず冬コミ先行で体験版第1弾が公開されます。プレイ可能なのは全13章中2章まで。プロローグの聖槍十三騎士団によるベルリン制圧シーンはともかく、本編部分は主人公である藤井連が敵役である聖槍十三騎士団にいいように嬲られるだけというまことにフラストレーションが溜まるものでしたが、そんな中でも主人公の覚醒を予感させる展開もあり、次章以降の(本編での)本格的な伝奇バトルを期待させてくれる内容でした。さらに(これも冬コミ先行でしたが)ドラマCD第1弾『Wehrwolf』がゲームに先駆けて発売されます。先述した体験版とリンクしてその“裏側”を見せる内容は、声優の熱演も相俟って、ファンの期待を更に高めることとなりました。
このまま素直に発売されればよかったのですが、この頃から行く手に暗雲が立ちこめてきます。当初は2007年4月予定とのアナウンスが一部通販サイトなどでされていましたが、さしたる情報追加もないまま発売日だけがどんどんと後ろにズレていき、日付が9/28と確定してからも1ヶ月刻みで延期を繰り返します。

Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2007/11/16 → 2007/12/21 更新日 2007/11/07
Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2007/10/26 → 2007/11/16 更新日 2007/09/26
Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2007/09/28 → 2007/10/26 更新日 2007/08/31
Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2007/予定 → 2007/09/28 更新日 2007/06/25
Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2007/06/予定 → 2007/07/予定 更新日 2007/05/02
Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2007/04/予定 → 2007/06/予定 更新日 2007/03/22
Dies irae(ディエス・イレ) Also sprach Zarathstra 初回版 (light) 2006/冬予定 → 2007/04/予定


これはGetchu.comの発売日変更履歴です。これ以上に延期を繰り返した(繰り返している)タイトルも存在しますのでディエスが極端に悪いというわけでもありませんが、一般的には十分に酷い延期ゲーです。延期するたびにデモムービーや体験版第2弾(3章までプレイ可能なもの)やOPムービーなどの公開で間を持たせていましたが、それにしても限度というものがあります。なまじ体験版やムービーなどで期待値が上がってしまっていれば尚更というもの。ユーザーは発売を今か今かと待ち侘びて、作中の言葉を借りるならば「永劫回帰の崩壊」を希うこととなります。


そしてついに、2007年も暮れの12月に、『Dies irae -Also Sprach Zarathustra-』(通称07年版)が発売されました。……しかし、これは2年後まで続く長い悲劇の始まりでした。実際に発売されたDies iraeは、体験版などをプレイしたユーザーが夢想していたような素晴らしいものではなく、以下のような酷い有様だったのです。

・個別ルートに入る7章以降、文章レベルが一気に低下し、バラツキが出てくる。
 特に戦闘シーンの描写や台詞回しで顕著。設定内容やキャラ描写の不整合も出てくる。
・序盤で張り巡らされていた伏線に未回収なままのものが無数に存在。
・発売前までは正田崇の単独シナリオとなっていたが、EDスタッフロールで正田を含む
 7人のライターによる複数制(蔑称:七英雄)と判明。(うち1人は内部スタッフ、残り5人は外注)
・ヒロインと紹介されていた螢・玲愛の個別ルートが存在しない
・公式に記載されていたキャラ紹介のテキストが本編に登場しない。
・サイトや雑誌、ムービーなどで紹介されていたCGが本編に存在しない。
・必要HDD容量が、当初のアナウンスよりも少ない(ボリュームが減っている)

ですがまあ、これだけであればエロゲでは(明確なルート削除を除けば)ままあることであり、際立って酷いものものではありません。プレイ出来ないバグなどの致命的な問題はなくゲームとしての体裁はいちおう整っていますので、内容の善し悪しを脇においておけば(それこそが一番重要な点ではありますが)一般的な大規模エロゲー程度の出来には達していました。しかし、そこにメーカー(light)の不用意な態度が火に油を注ぎます。

・必要HDD容量が減ったこと(ボリューム減少)を“誤表記”として発売日後に訂正告知。
・Webサイトの表記は発売日当日に告知無しで(変更したと分からないように)修正
・Dies iraeを購入したユーザーからの問い合わせに対して完全無視
『僕と、僕らの夏』『群青の空を越えて』などのライターである早狩武志(外注)が自らのWebサイトおよび一般のチャットルームで挑発的な発言をする

NEWS071227

螢、玲愛を始めとした他ルートはこの後も製作を継続させて頂きます。
発売時期を現時点では明らかにすることはできませんが、他ルートの完成した新たな作品作りをさせて頂く所存です。

またその新作の発売の際には、本作品を購入された方には追加パックとして購入できるようなエクステンションパッケージも準備させて頂く所存です。


騒動が起きた直後の2007年末の時点でこのような声明を出してはいましたが、その後エクステンションパッケージの進捗情報など新しい情報はなく、“戦犯”とされていたオリジナルライターの正田崇は、07年版の発売以降公の場に姿を見せることはありませんでした。それでいながら『あるすまぐな!』などの新作は普通にプロモーションをしており、同じく“未完成品を販売した”として騒動になっていた『Garden』(cuffs)は短いスパンで進捗状況を報告しつつ2008年5月にシナリオ追加を成し遂げるという対照的な対応をしており、「完全版の制作告知は、発売直後の騒動を収めるための其の場凌ぎだったのではないか」とlightの対応に疑念と不満、不信感を覚える声は更に大きくなっていきます。
このようなメーカーサイドの度重なる“ユーザーに喧嘩売ってるんじゃないか”的な対応の酷さゆえに、Dies iraeは「ユーザー怒りの日」だの「詐欺ゲー」「詐欺メーカー」だのと不名誉な呼ばれ方をされてしまうこととなるのでした。まあ、自業自得ですね。

そんな殺伐とした空気の中、2008年5月にサウンドトラックが、2008年8月にはドラマCD『Die Morgendammerung』が相次いで発売されます。共に「ドラマパートのシナリオを正田崇が執筆する」というのが大きなセールスポイントでしたが、2007年版に失望して、それ以降の情報の無さに絶望していたユーザー達にとっては今更な(そして07年版の7人ライター制を知っていれば噴飯物の)売り文句でありました。しかし、実際に発売されたドラマCDはそのような前評判を覆すかのように素晴らしい内容で、かつ「かくあるべきであった」07年版を思い起こさせるようなものであったため、ふたたび完全版の制作が期待されることとなります。

事態が大きく動き出すのは年が明けての2009年に入ってからです。まず09年01月のhappy light cafe(lightのWebラジオ)の公式録音において、Dies iraeの再始動と完全版の発売について言及がされます。後日オフィシャルサイトでも正式に開発再開が告知され、以降もWebラジオ(happy light cafe)を使って積極的に情報を公開していくようになります。09年04月には、07年版の発売以降公の場に姿を見せることがなかった正田崇がラジオに出演し、いよいよ開発が正式に進み出すのだとアピールしました。
その後も(07年版当時のグダグダっぷりが嘘だったかのように順調に)定期的にデモムービーやWebラジオなどでユーザーの期待を煽りつつ、2009年の7月に、再始動後最初の商品となる“新装版”『Dies irae Also sprach Zarathustra -die Wiederkunft-』(通称クンフト)が発売。その1週間前には07年版ユーザー向けの修正パッチが公開されます。“修正”パッチ、と謳ってはいますが、実際には共通ルート以降のマリィ・香純ルートをそっくりそのまま新しいものに入れ替えるような大規模(容量2GB!)なものでした。ストーリーラインの大枠は07年版と変わらないものの、そこに至る過程の描写がまったくの別物となり、登場キャラはデザインそのものは07年版と変わらずとも、深みと魅力を備えたまったくの別キャラへと変貌を遂げます。
それだけの大規模な修正を施す価値はあったと言えるでしょう。数年越しの期待を裏切られ、メーカーサイドの態度の悪さに憤慨して「絶対に許さない。絶対にだ」と怒り心頭に発していた07年版ユーザーの多くが、どうせタダだからと新装版プレイした後には「これだけのものを作り出したなら、新装版については認めざるをえない」「正田崇はやれば出来る奴だった」と評価を覆すことになります。正田崇がシナリオを手掛ければ優れたものになることがクンフトで証明され、一度07年版でお披露目されてしまったいわば焼き直しとも言えるマリィ・香純ルートですらかなりの高評価を得たことで、当然、クンフトでは実現されなかった完全新規の「螢・玲愛ルートの実装」に期待が寄せられることとなります。

そして奇しくも最初の07年版が世に出てからちょうど2年後の2009年の12月に、メーカー自らが「怒りの日、未知の結末を見る」と謳う最終形態、“完全版”である『Dies irae ~Acta est Fabula~』(通称ファーブラ)がリリースされました。パッケージ版発売の数日前には07年版ユーザーに対しての最終的な修正パッチも公開され、2年越しの公約も無事に果たされることとなります。



さて、Dies iraeは“学園伝奇バトルオペラ”と銘打たれた、いわゆる“厨二病”要素をふんだんに盛り込んだ伝奇バトルエロゲーです。第二次世界大戦が終結してから60年、地方都市「諏訪原市」に住む学生「藤井連」が、かつてフランス革命のギロチンに掛けられた美少女「マリィ(マルグリット・ブルイユ)」との邂逅を切っ掛けにして、魔術師「メルクリウス」の手管に絡め取られるままに、歴史の闇に蠢くナチス・ドイツの親衛隊中将「ラインハルト・ハイドリヒ」が率いる異能集団「聖槍十三騎士団」との熾烈な闘争に巻き込まれていく……というのが大まかな粗筋です。

厨二病要素を含む創作物は、往々にして詳細な背景設定をその物語に内包しており、それがファンの心を掴む大きな要因となります。ですが、設定に凝るあまりに創作内容がそれに引っ張られてしまう…設定に物語が隷属してしまうこともまた多く、そのあたりが「厨二病(笑)」などと嘲笑われてしまう理由のひとつといえましょう。
「平和な地方都市にナチスの残党が乗り込んできて闘いを繰り広げる」「歴史に名を残す、大量の想念を吸い込んだ器物“聖遺物”の超常的な力を操って闘う」「登場人物すべてに本名とは別の称号(魔名)が設定されている」と、書き出してみると思わず赤面してしまいそうな“どこかで見た設定”ですが、ディエスの場合はそれが“設定のための設定”になっていません。十三騎士団の団員には魔術的符号として星座や大アルカナ、ルーンがそれぞれ与えられていますが、それらがファッション的なコケオドカシではなく、団員のパーソナリティや場における役割、他の団員との関係性にまで有機的に結びついて描写されます。一見分かりにくい比喩・暗喩が多用されますが、そこには“なんとなく使ってみた”的な適当さがなく、すべてに裏の意味が込められています。偏執的に張り巡らされた設定が精緻なタペストリーのように大きな絵図を描き出す……作中の言葉を借りれば「全てに意味がある」構成は、一度ハマってしまうともう抜け出せない唯一無二の魅力です。正田崇の言語感覚・引用の(厨二病的な)センスにはデビュー作の『PARADISE LOST』の頃から非凡なものがありましたが、今作でそれが一種極まった感すら有ります。

そのように世界観のベースはとても壮大で厨二病的な装飾が過剰に施されておりますが、物語そのものは極めてスタンダードかつ王道的なもの。むしろ今時そうそうやらんだろうというくらいのど真ん中ストレートです。ですが、それを妙な気恥ずかしさや斜に構えた態度を見せずに、真っ正面から堂々とやっているところは賞賛すべき姿勢です。さらに文章やシチュエーションの演出による雰囲気作り・ハッタリの効かせ方が極めて巧妙なため、この作品においてはこうなのだという共通認識が作り手と受け手の中でちゃんと取られています。ゆえに「時間を止める」「誰よりも速い」「絶対に当たる」「当たれば死ぬ」などのムチャクチャな厨二病理論が、作中においては“そういうものだ”と納得させられ、理不尽さを感じにくくなっているのです。


バトル物にカテゴライズされる本作品ですが、戦闘シーンそのもののフィジカルな描写はそれほど際立って優れているというわけではありません(平均をはるかに上回っているのは間違いありませんが)。それよりも個性的なキャラが織りなす群像劇…作中の言葉を借りるならば「歌劇」「オペラ」としての要素がとても強く、特徴的な台詞回しと練り込まれたキャラ設定から導きだされる個々の人物の心理描写によって物語のテンションを上げていくのがとても上手です。
作中においては個々人が強く希求する願い(作品内では“渇望”と称されています)が聖遺物の力を借りて戦闘能力として発現するので、聖遺物の持ち主同士の闘いはそのまま個我と個我の、エゴとエゴの、意地と意地のぶつかり合いとなります。さきに述べたようにキャラひとりひとりに緻密な設定がなされており、その設定から導き出される言動や思考には揺らぎない個が確立されているため、彼らの言葉や態度には相応の重みがあります。そんな彼らが鎬を削りぶつかり合う様には、ひとかどの俳優達が全霊を込めて演じている歌劇を鑑賞しているかのような臨場感と説得力が溢れています。

破格の強者と設定されているはずのキャラが、物語の都合で勝手に弱くされてしまう……みたいな展開は伝奇バトルものではわりとありがちですが、本作においてはそのように整合性がねじ曲げられることはありません。強いキャラは強いまま、弱いキャラは弱いまま。思考や思想や信条が展開によってコロコロと変わったりはせず、ブレることはありません。最強のラスボスはどの展開においても最強のままで在り続けます。そこで主人公(プレイヤー)の行動の結果によって世界の歯車がひとつひとつズレていくことで展開が変わり、同じキャラの別の側面に日が当たり、人物像に深みが増していくことは複数ルートをプレイ可能なゲームならではの面白みといえるでしょう。


ただ、シナリオ要素のすべてに諸手を挙げて賞賛できるわけでもなく、問題点は多数存在します。設定の上で強者とされている敵はどのルートでも圧倒的に強いままで実力が変動することはないので、普通に闘う限りでは番狂わせは起こりえません。そのままでは物語として面白みに欠けるのでそれを覆すための予定外のファクターが入り込んでくるのですが、戦闘のテンションが盛り上がっているところで毎回横やりが入ってしまうこととなるため、どのルートにおいてもどこか消化不良の感が残ります。厨二病を描いた物語を推し進める上でなるべくご都合主義的な要素を排除しようとしていることは先に述べたように美徳ではありますが、それに拘泥するあまりこじつけっぽく見えてしまうことがあるのも事実。特に玲愛ルートの展開においてそれを強く感じました。
また、完全版発売に至った経緯から、古い設定や描写を生かしたままでライティングをしなければならなかったためか、いびつな展開や不自然な描写がちらほらと残っています。この作品が置かれた状況を考えると仕方がなかったこととはいえ、全体でひとつの作品として見た場合の明らかなマイナスポイントであることは間違いないでしょう。


原画家は本作(厳密には前身となる07年版こと『Dies irae -Also sprach Zarathustra-』)が原画家デビューとなるGユウスケ。美少女ゲームらしいキャッチーさを保ちつつも、シャープで躍動感に溢れたケレン味のある絵を描けるのは、なかなか他では見られない氏ならではの魅力。ヘタをするとメインヒロインの可愛さよりも野郎キャラのカッコ良さのほうがいい感じに描けているあたりエロゲとしてはどうなのよと思わないでもないですが、バトル物の原画家としては極めて正しい資質であるといえるでしょう。
開発期間が結果的に長くなったため、最終的にはCG枚数200枚ちかい大ボリュームとなりました。それでも作品全体のボリュームが極めて長大であるため、「ここには一枚絵のCGがほしかった」という部分が何度も出てくるのは惜しいところです。さらに、開発期間が長期にわたった(上述したとおり、本作の企画が始動したのは05~06年頃)ことと、07年版とファーブラの間に『タペストリー -you will meet yourself-』の開発を挟んだことによって、絵柄のバラツキの幅がきわめて大きくなっていることは非常に残念です。元々絵柄が安定しない人なのかもしれませんが、おそらく最初期に描いたであろう各キャラのバストアップのCGと、末期に描かれたと思われる玲愛ルートの最終決戦のCGでは、まるで別キャラのように見えてしまいます。
ですが、良く描けているCGはその残念さを補ってあまりあるほどの会心の出来で、数多のバトル物エロゲーをプレイしている目から見てもトップクラスに位置する素晴らしいものになっています。正田崇の大迫力のシナリオに追随し、場合によっては追い抜いてしまうGユウスケのCGがあってこそ、本作が素晴らしい内容になったことは紛れもありません。


音楽は前作『PARADISE LOST』も手掛けた与猶啓至が担当。07年版よりの繰り越しで使用されている30曲弱の楽曲に、ファーブラで更に10曲が追加されて合計40曲以上、ボーカル曲は4曲収録。07年版からプレイしているユーザーにしてみるとファーブラでの追加楽曲10曲というのは少ない印象がありもしますが、ゲーム全体での収録曲数を考えれば十分すぎるほどの大ボリュームです。
与猶啓至はどちらかというとサイバーな雰囲気の、シンセサイザーを強調したデジタルロック的なサウンドを得意とするコンポーザーだという印象があります。しかし今作では『PARADISE LOST』から路線を引き続いて、クラシックやロックの要素を前面に押し出したサウンドを展開。ヨナオ本人が07年版サウンドトラックのライナーノーツで自ら語っているところの「バロック・フレーバーのあるメタル」「バッハ的な要素を入れ込んだ」という言葉通りのもの。荘厳さ・華麗さとハード・ヘヴィさを両立併せ持ったそのサウンドは作風との親和性も極めて高く、作品世界を余すところなく表現しきっています。
バトルものの演出において音楽が受け手に与える影響はかなり大きいですが、その点でディエスは文句の付けようがないくらいに素晴らしく、要所で物語をグンと盛り上げてくれます。あの出来が悪かった07年版でさえその優秀さは際立っており、クンフト・ファーブラにおいてようやくサウンドにシナリオが追いついたと言っても過言ではありません。



本作品を「傑作」と言い切ることに微塵の躊躇もありません。07年版の醜態ゆえに「問題作」「失敗作」とされてしまい、世間からあまり正当な評価を与えられないのは致し方がないことですが、だがそれだけで忌避されるべきではない作品です。私は『PARADISE LOST』にハマって07年版に涙してそれでも諦めきれずに燻っていた典型的な正田崇のファンですのでその点はさっ引いて考えていただきたいですが、それでもこの手の“伝奇バトル”“燃えゲー”カテゴリの中では、15年以上のエロゲ歴の中においてもっとも好きなタイトルです。
不完全な、心残りがある状態で作品が発表されてしまうというのはエロゲに限らず珍しい話ではありませんが、普通だったら不完全なままで終わりにするところをメーカーが2年も引っ張り続けて最終的に長大ボリュームで完成させるところまで漕ぎ着けたのは、やはりこの作品が持っているポテンシャルの高さ故だったのではないでしょうか。


でも、こんな悲劇はもうこれっきりにして欲しいですね。本当に。
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